その日は珍しく、父親が午前中で仕事を終わらせ
夏休みで家にいる僕ら3人を、プールに連れて行くという計画だった。
ランニングに海水パンツ姿で、いつでも準備万端。
僕らは父親の帰りを待っていた。
昼を過ぎて、午後の日差しはどんどん強くなっていく。
しかしいくら待っても父親は帰ってこない。
恐らく、子供だった僕たちは少しずつ、しかし
確実に陽が傾いていくことに耐えきれなくなって
母親に随分と文句を言ったに違いない。
仕方なく、変わりに母親が僕らを引き連れプールに行くこととなった。
(今考えると贅沢だが、母親は面倒だったのかもしれない)
僕らは4人でタクシーに乗って家を出た。
出てほどなく、家の近くの坂道の下に自転車を漕ぐ父親が見えた。
時は70年代、まだ車が一家に一台当たり前になる少し前で
そもそも父親は車を運転しないひとだった。
近くの会社までは毎日、自転車で通勤していた。
すれ違いざま、自転車で砂利道を必死に上りながら
父親はタクシーの中の僕らに気付いたらしく
坂の途中で漕ぐのを止めてこちらを見ていた。
後部座席にいた僕は、振り返って
父親の姿が小さくなるのをじっと眺めていた。
僕はタクシーを止めたかったが、母親の顔を見上げると
眉間に皺を寄せ、怒りを鎮めているところのようだった。
僕は黙って何も言わず、タクシーのシートに座り直した。
そのあとのプールのことはなにも覚えていない。
けれどタクシーが巻き上げた砂埃と午後の暑い日差しは
いまも夏が来るたびに思い出す。 mct.