2012年7月29日

記憶4(2011年 過去blogより)




その日は珍しく、父親が午前中で仕事を終わらせ
夏休みで家にいる僕ら3人を、プールに連れて行くという計画だった。
ランニングに海水パンツ姿で、いつでも準備万端。
僕らは父親の帰りを待っていた。

昼を過ぎて、午後の日差しはどんどん強くなっていく。
しかしいくら待っても父親は帰ってこない。
恐らく、子供だった僕たちは少しずつ、しかし
確実に陽が傾いていくことに耐えきれなくなって
母親に随分と文句を言ったに違いない。
仕方なく、変わりに母親が僕らを引き連れプールに行くこととなった。

(今考えると贅沢だが、母親は面倒だったのかもしれない)
僕らは4人でタクシーに乗って家を出た。
出てほどなく、家の近くの坂道の下に自転車を漕ぐ父親が見えた。
時は70年代、まだ車が一家に一台当たり前になる少し前で
そもそも父親は車を運転しないひとだった。
近くの会社までは毎日、自転車で通勤していた。

すれ違いざま、自転車で砂利道を必死に上りながら
父親はタクシーの中の僕らに気付いたらしく
坂の途中で漕ぐのを止めてこちらを見ていた。
後部座席にいた僕は、振り返って
父親の姿が小さくなるのをじっと眺めていた。
僕はタクシーを止めたかったが、母親の顔を見上げると
眉間に皺を寄せ、怒りを鎮めているところのようだった。
僕は黙って何も言わず、タクシーのシートに座り直した。

そのあとのプールのことはなにも覚えていない。
けれどタクシーが巻き上げた砂埃と午後の暑い日差しは
いまも夏が来るたびに思い出す。                     mct.